ホットなメッセージ 空に溶けてった
忌野清志郎が亡くなりました。享年58歳。
去年、武道館の〈完全復活祭〉にも行ったのに。心が震えるような素晴らしいライヴでした。
最近またいろいろな活動をしていると聞いて、「こりゃ今年フジロックあるかな?」と思っていたのに。
キヨシローは私が初めて出会った最高のソウル・マンです。同時に、反骨のロッカーであり、天才的なセンスを持つ詩人であり、心優しきおじさんであり、物凄い音楽バカでした。一言で言うなら、〈ヒーロー〉しかありません。
世間一般のイメージは奇抜な衣装やメイク、不謹慎な(とされた)言動だと思いますが、それはキヨシローのほんの一部に過ぎません。
ともあれ、キヨシローの功績とか、どれほど偉大な存在だったかは、多くの方がいろんなところでお書きになると思うので、ここでは私にしか書けない「キヨシローの思い出」という誰も知りたがらないような展開を、よりによって長文で行きます。
私が初めてキヨシローの歌を認識したのは、中学生の頃。遠足からの帰りの車中でのカラオケ。クラスメイトの越君(仮名。家業は焼き肉屋さん)が歌った“デイ・ドリーム・ビリーバー”を聴いて「こんなに綺麗な詞の歌があるんだ」と思いました。このインパクトは今でも鮮明です。その頃は、タイマーズがとんでもないバンドだとは知りませんでしたし……。
ただ、当時の私は音楽への興味に乏しく、次にキヨシローの音楽に触れたのは98年のフジロック。ラフィータフィーだったかリトル・スクリーミング・レヴューだかのバンドを率いてキヨシローが出演したのですが、その頃(から?)私は物を知らず「忌野清志郎? ロートルじゃん」とかぶん殴ってやりたいような印象を持っていました。
さて、日が傾くなかで始まったキヨシローのライヴ。1曲目は……“雨上がりの夜空に”!! これで「うわ、なんてカッコいいオヤジなんだ!」となれば話は早いのですが、正直「ああ、これ聞いたことあるわ」という程度の感想(書いていて絶望的な気持ちに)。
続いて99年。横浜アリーナでぴあが主催したイベント(検索したら800号記念ライヴとか)にキヨシローが出てました。共演は真心ブラザーズ、TRICERATOPS、GRAPEVINE、エレファントカシマシ、東京スカパラダイスオーケストラ。キヨシローはトリでしたが、ちょうどこの時期は“君が代”カヴァーで物議を醸していましたね。MCでは「ポリドールの馬鹿野郎―――!!!」「でも、怒っていません」「ポリドールの馬鹿野郎―――!!!」とかやってました。セットリストは“君が代”と“あこがれの北朝鮮”、“世の中が悪くなっていく”“サンシャインラブ”をなんとなく覚えています。
以後、私とキヨシローの接点はフジロックが中心に。と言っても、はっきり記憶しているのは2002年から。これはキヨシローが全日程に出演した年で、まず前夜祭にギターの弾き語りで登場。“明日無き世界”“デイ・ドリーム・ビリーバー”“イマジン”“雨上がりの夜空に”とかをやってました。「会場まで自転車で来ました。途中温泉に寄ったら、フジロックのリストバンドを付けたゴキゲンな奴らがたくさんいました」というMCもあったような。おお、これだけ覚えているということは、私も楽しみにしていたんですね。
初日は泉谷しげるやLeyonaとのスパイスマーケット。2日目は忌野清志郎×矢野顕子。このとき、グリーンステージ(3万人規模)の後ろの木陰で西瓜を食べながらライヴを観ていましたが、“ひとつだけ”の共演に感銘を受けたのをいまでも覚えています。
3日目はLOVE JETSで深夜に演奏。〈宇宙人〉というコンセプトの変名バンドだったため、ステージの端っこに宇宙船(っぽいビニールハウス)が置いてあり、メンバーは自転車用のヘルメットや服を纏っていました。〈この人、良い歳なのになんでこんなことをやってるんだろう?〉と疑問に(後年解決しますが)。確か“キモちE”“雨上がりの夜空に”とかをやっていましたね。
2003年はLOVE JETSの渋谷CLUB QUATTRO公演に。RCの曲も交えた、そしてバカバカしい仕掛けがたくさんのライヴでした。なお彼らのアルバム『ちんぐろ』はこの年のマイベスト。この頃、キヨシローのマネージャーの小澤さんにもお会いしました。髭が当時のキヨシローそのものでしたね。
さて2004年はグリーンステージのトリ。ちょうど雨が上がったところでキヨシローのステージが始まり、1曲目が“雨上がりの夜空に”、そして畳み掛けるように“トランジスタ・ラジオ”で興奮。ベスト的なセットでした。前方のエリアで観ていましたが、周りの「キヨシローが好きでたまらない!!」というみんなが一生懸命一緒に歌っていましたね。
この年は野音にも行っていますが、あまり記憶が……(確か『GOD』の曲が多め。新曲として“JUMP”をやったのと、ギターの三宅さんが肩車されて場内を練り歩いていたのは覚えてます)。
さらにこの年はクリスマスにSHIBUYA-AXでも観ています。いつものマントショーや布団ショーだけでなく、こたつショーまでやってました。
2005年はまずTV番組「僕らの音楽」のロケに行きました。場所はフジテレビ。集合時間から1時間半は待たされてからスタジオへ。YO-KINGとガガガSPがバックを務めた“雨上がりの夜空に”と、サンボマスターがバックの“スローバラード”で収録終了。事前に2曲だけとは聞いていたので「やっぱりこれだけ? あれだけ待ったのに……」という会場の空気のなか、アコギを抱えてキヨシロー再登場! 観客のリクエストに応える形で、1時間くらいライヴをやってくれました。「なんでこんなにサービスしなきゃいけないんだ」と何度も言いながら。“エンジェル”とか“ラプソディー”、“雨上がりの夜空に”をやってたような。“JUMP”をリクエストしたお客さんに「俺あの曲ドラムだったから(コードが)わかんないよ」って言ってました。
この年は代々木公園でのアースデイ・コンサートもあったし、フジロックのホワイトステージのトリもありました。フジロックのDVDにもちょこっと収録されていますね。これも素晴らしいステージでした。
クリスマスのライヴは記憶にありませんが……行ってないような? 2004年と混同しています。
2006年はフジロック・グリーンステージの大トリと、RISING SUNで見られる……はずだったのですが、直前に休養に入ってしまいました。本当なら盟友の仲井戸麗市と共演するはずだったのが、いまも惜しまれます。
そして、次にキヨシローのライヴを観られたのは2008年の武道館の〈完全復活祭〉。この最高の1日が、私がキヨシローを観た最後の日です。
言葉にならないよ……9日の告別式はさすがに行かないとな……。
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